2015年1月31日土曜日
暇つぶし
皆さんこんにちは
さっき、ヨガソルナの「癒しのヨガ」から帰ってきました
今日は、クラスの前にある生徒さんが
「忙しくて気持ちが落ち着かない、判断力も落ちてる」 と話して下さいました
ありますよね、こういう時・・・
私も深く共感!とってもよくわかります。
気持ちがあせって判断ミス、結果よけい大変になる なんてのは日常茶飯事です(笑)
対処しなくてもいいと思いますが、もし対処したいならいくつか方法はあります
1、落ち着こうとしない
「落ち着かなければ」と思うと、落ち着けない自分によけい焦ってしまいます
私がよくやるのは、焦ってる時の自分を思いきり感じること
例えば心拍数や体温、汗、呼吸などの変化を観察して、焦ってる体と心を存分に体験してみる
けっこう面白いものです
2、「今」だけ見る
「これから◯◯になるのでは?」とか「あのとき◯◯だったら」という考えをやめて
「今、これがこのようにある」だけにする
未来や過去から解放されると、いろいろなことが問題ではなくなる
3、神様レベルの目線になる
この広い宇宙の中の、小さな地球という星の中の、小さな小さな島の中の、
ちっぽけな自分の人生の中の、ちっぽけな目線から
気の遠くなるような宇宙の果てや、惑星誕生の奇跡、この瞬間に生きるたくさんの命・・・
などなど、ちょっと視野を広げてみると自分の悩みのいかに小さいかがよくわかる
あくまでも私の場合ですが、参考にしてみて下さいね
ちなみに、クラスでも何度かとりあげている哲学者の池田晶子さん曰く
「人生は暇つぶし」だそうです
なぜ我々は、大変な思いをしてまで生きなければならないのか。
これを今更考えてみると、どうも理由がよくわからない。理由がない。
だとしたら、ひょっとしたら人生というものは、何ものでもないかもしれないのである。
何かをしなければならないなんてことは、本当は、全然ないのかもしれないのである。
しなければならないことがないということは、これすなわち、暇ということではなかろうか。
こういう、なんというか、絶対的な非–意味みたいなところに目覚めてしまうと、
困るといえば、困るような感じはする。しかし、いいと言えば、いいものである。
なぜなら、要するに何でもいいからである。
少なくとも、しなければならないと思い込んでいるよりはラクである。
人生それ自体が、冗談みたいに見えてくる。人生は冗談である。
(中略)人生に絶望するということすらも、じつは人生の暇つぶしなのである。
・・・
池田晶子「知ることより考えること」より抜粋
明日の暇つぶし、楽しんできて下さいね〜!
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